墓標 我もかつて 汝のあるが如くなりき

墓標 我もかつて 汝のあるが如くなりき

 

我もかつて 汝のあるが如くなりき
汝も又やがて 我のあるが如くならん

 

この言葉は、私が頭を剃っていただいたお寺、福井県小浜市の佛國寺の墓地の入り口にありました。

 

我というのは、お墓に入っている人のことですね。つまり、死者。
ざっくばらんに、意訳をすれば・・・

 

俺も、かつては、あんたと同じ日送りをしていたよ。
あんたも、やがては必ず、俺と同じようにここに来ることになるんだよ。

 

 

と、でもなるでしょうか。
そう、仕事が順調だろうが追い詰められていようが、家庭や人間関係に悩んでいようがいまいが、、、、、そう、私たちは時期がきたならば、必ず、死ななければならない。
死んでいかなければならないのです。

 

我もかつて 汝のあるが如くなりき
汝も又やがて 我のあるが如くならん

 

と、呼びかけられて、どうせ死んでしまうのならば、こんな苦しい想いまでして生きなくてもいいや、と思う人もいるでしょう。
いや、死んでしまうからこそ、今を楽しみたい、今を充実させたいと考える人もいるでしょう。

 

生まれたら死ぬのです。
ならば、あなたはどう生きるのだろうか?
そして、あなたが生まれたことにどんな意味があるのだろうか?